ゲイに『なる』

 

 

ゲイということを決めた瞬間が誰にでもあるのではないか?

 

  

私がゲイと決断する時

「自分はゲイです」

そう言うときの言葉の重み、それまでの悩みの過程、そう言い続けること。

そういうことを考えた時に、自分はゲイというのはもともとの特性ではなく自分で作るものだと感じる時があります。

えー、しばらく体調を崩していまして久しぶりの投稿でございます。

今回は、なんか難しい話をしたいのではなく、逆に個人的ゲイ体験を語るほどの頭の軽さもないので

普段思ってることのかけらでも書いていこうかなーと。

で、ささっと結論を書くと(現時点での自分の)

 

 

「ゲイって名乗ることを決めた瞬間があるよね」

 

 

って話です。

なんや今更、とか、いやゲイって先天的なものでしょ?、とか。

分かります分かります。自分もそういうことは一通り考えてきた人間ですので。

ただ、これは個人的な違和感というか、昨今のLGBTQの運動とか見てると、色々思う部分がありまして。

自分のジェンダーを考えることって

とっっっっっっっても難しいんですわ!!

自分はいわゆるヘテロやノンケのような思考回路をあいにく持ち合わせていないので

逆の人がどういう考えで生きているのか?ってことは微塵も分からないのですが

まあ、シンプルにセクシャルマイノリティの方が若干めんどくさいよね?って言うのは分かります。

今回は、そのめんどくさい部分を、ぼちぼち書いていきますわー。

よろしくぅ!

 

 

ジェンダー認識はメタモン

で、なんでめんどくさいのか?っていうところですが

単純に、ジェンダーっていうのが流動性が高いという点があります。

 

 

それは、お前がQとかB寄りだからじゃないの?

っていうお話は痛い程分かりますし、実際自己の認識に対して不鮮明さがあることは認めています。

しかし!!

しかしですよ!!!

自分の事をそこまで断定できるほど、自分を理解できることってあるんですか?

と僕は問いたいわけです。

たとえば、思春期に自分が同性に惹かれている部分を感じたとして

そこからすぐに自分がゲイだと分かるのか?

四六時中、自分はゲイであることを認識し続けているのか?

一瞬でも異性を好きになることは、現在も未来もあり得ないのか?

 

そういう質問がわぁーーーーっと沸き起こるんですね。

そういう質問が出ずに、自分はゲイでしかないよーって人は、もう大丈夫です。

立派なゲイです。

しかし、自分みたいな軟弱な半端もんは、女性とSEXできないと体では理解しているつもりでも

いや、でも将来的にどうなるかは分からんよなああ、とか考えるわけです。

まあ、これは個人の資質によるところが大きいので、一般的な話ではないかもしれませんが。。。

 

だけど、自分の体験として

自分の中のジェンダー認識ってめっちゃ変わるんですよね。

今日はBっぽいなーとか、今日はあんまり性について考えたくないなーとか

周りの環境とか、何ならホルモンバランスでも容易に変わるなあと感じる時があります。

特に運動後とかは、男性ホルモン高めなのか結構考えが変わります。

 

 

で、こういうことを考えた時に。

自分でもよく収めどころが分からないなら、はためから見た他人はもっとよく分からないですよね?

いや、昨日はBって言ってたじゃん、とか

それってAとかQってこと?、とか

いや、そうなんです!

定義をしたいっていうのは痛い程分かりますし、自分も定義して生きていきたい。

だけど、定義をするということ=可能性を断絶することでもあるんですよね。

自分はせっかく、自由な社会で生きているのに、そんなくそみたいな定義で縛られたりするのはいやなんです。

 

 

そのうえに、もしゲイの人となんやかんやしようとすると、Bっていうのは圧倒的に不審がられます。

えー、バイなのかー、ちょっとめんどくさそうだな、とか

結局男とは遊びだけなんでしょ、とか

これは自分も含めて他人に対してそう思うのです。

そうなったときに、自分は

「ゲイって名乗ろうと決めた」っていう瞬間があるんですよね。

というか、決断?

自分が明確にゲイだ!って思ってるわけじゃないけど

周りの環境的にゲイと名乗らないと不便だし

まあ、将来的にかわることもそうそうないでしょう、たぶん

 

という感じで、自己の言葉の発言によって自分を定義させている部分が大きいんですよね。

なので、これは自分に対して圧倒的な自信があるカミングアウトではなく、便宜上、そのほうが便利だからそう名乗っていると言ってもいいかもしれません。

ゲイと名乗ることはコミュニティに入るための通行許可証

と、なんやかんや書いてきましたが。

ゲイと言っている人でも、こういう人って意外といるんじゃないのかなと思います。

ジェンダー認識の流動性が高いからこそ、既婚ゲイみたいな人が多いのかなとか考えたりもしますし

個人的には既婚ゲイとかで遊んでたりする人とか、りゅうちぇるみたいな人は全然好きにはなれませんが、そういう流動性については理解できるところはあります。

 

 

で、「自分はゲイです」っていう発言には、一種の自己暗示のような効果も含まれていて

また、同族コミュニティに入るためのパスポートみたいな面もあります。

そういうことも考えてカミングアウトしている人もいるんだなーぐらいに思っていただければ幸いでございます。

うん、病みあがりに書くブログきじではなかったかも!!!

次回は、もうちょい頭すっからかんな内容のことを書いていきます!

ではでは。

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